「distance,difference」
作曲:Rai/作詞:蒼風そうか/歌唱:薫 篠子/レコーディング:Studio KPP
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——知らないのなら、知りたいと思えばいいんじゃないのかな?

【6月3日 distance,difference】

 最近僕にはちょっと思うところがある。そして今日はいつにも増して、そう思わせる出来事が多かった。だから正直なことを言うと、まだ午前が終わったばかりにも関わらず僕は少々疲弊気味だった。今だって僕の席の前には困った表情をして、クラスメイトの木下くんが立っている。ちょうどお昼休みになった直後のことだ。ちなみに僕と木下くんは特段親しい訳ではない。多分お互いに害のないクラスメイト、と認識しているはずだ。では何故そんな彼がわざわざ僕のところまでやってきたのか。

「ねえ、吉川くんがどこにいるか知ってる?」

 その台詞を聞いた瞬間、ああ、やっぱりかと僕は思った。1時間目は担任から、2時間目は授業をしていた教師から、3時間目はクラスメイトから。そして今現在も。今日1日で何度も吉川くん関係で声をかけられた。多分、新記録更新。疲弊の原因はこれだ。伝言を頼まれ、預かりものを受け取り、注意の呼びかけをお願いされ、そして今度は居場所を教えて欲しいときた。

「……なんだかさっき教室から出ていく姿は見かけたよ。けど、どこへ行ったのかまでは分からないや。多分だけどお昼を買いに購買へ行ったんじゃないかな? それなら寄り道さえしなければ、もう少しで戻ってくると思うけど」

 何だかんだでしっかりと吉川くんの行動を把握している僕も僕だな、と思うけれど。僕の言葉に木下くんは安堵の表情を浮かべる。

「そっか。ちょっと日直の仕事で先生の雑用をしていたらさ、ちょうどいいからって吉川くんが提出していないプリントを回収してこいって頼まれたんだ。だけど、肝心の本人が見当たらないから困ってて……。もうすぐ戻ってくるなら、また後で本人に声かけるよ。教えてくれてありがとう」

 そう言って木下くんは笑顔で席を離れようとした。彼が背を向ける。——行ってしまう。そのときどういう訳か、僕は唐突に焦りを覚えた。衝動に突き動かされるまま、とっさに彼の腕を握りしめる。

「えっと、和泉くん?」

 行動を阻害された木下くんが目を丸くして僕を見つめた。

「あ、えっ!? そそ、その……」

 木下くんの腕と自分の手を交互に見て、それから慌ててぱっと手を放す。突発的な自分の行動に、僕自身も驚いてしまった。頭で考えて動いた訳ではなかったのでしどろもどろする。けれど僕は何故自分が木下くんを呼び止めてしまったのか、その理由をちゃんと把握していた。ただ、勢いで行動してしまった結果、それを説明するための口が上手く回らない。こういうとき自分のどん臭さが嫌になる。

「何? どうかした?」

 木下くんが不思議そうな表情を浮かべて、また僕の席の前に立った。一方の僕はというと、なんて言うべきか考えあぐねて時間稼ぎのように適当な空間へと視線を彷徨わせている。幸いなことに、彼は僕の突然の態度に対して嫌そうな感じや、面倒くさそうな様子は見せなかった。ただ純粋に僕が次に何を言うのかを待ってくれている。その様子にほっとした。普段木下くんと話すことはそんなにない。けれど僕が彼を反射的に呼び止めたのは彼の温厚そうな雰囲気や、派手ではなく素朴な印象に、何となく親近感を覚えたせいかもしれない。あるいはずっと誰かに尋ねたかったことが、もう溢れ出そうなせいかもしれない。いずれにせよ、僕は胸の中に抱えていた疑問を目の前の彼へぶつけることにした。

「ねえ、何で吉川くんのことで僕に声をかけたの?」

 言ってみてから、途端に恥ずかしくなった。少し顔が熱くなる。そんな僕の態度をよそに、木下くんは少し驚いた表情を浮かべた。しばらくして一言、僕に答えを教えてくれた。

「だって、和泉くんは吉川くんと仲良しでしょ?」

 その言葉に今度は僕が驚いた。目が点になる、とはまさにこの状態なのかもしれない。

「な、仲良し……?」
「うん。だって、いつも一緒にいるじゃないか」

 木下くんはさも当然のように言う。なんというか、僕は木下くんの言うことに困惑してしまった。いつも一緒にいる、と言われてみても、実のところ僕としてはそこまで吉川くんと一緒に行動しているわけではない、と思っている。昼休みは大概一緒に過ごしているが、それ以外は日によるところが大きい。基本的に吉川くんの気分次第。たまに僕の都合で変わる。それこそ授業の合間の10分休みに毎回吉川くんが僕の机の前に来ることもあれば、本当に昼休みだけ、なんて日もある。あるいは放課後僕が委員会で吉川くんの相手をすることができない日だってあるし、丸一日構い倒された挙げ句、最終的に一緒に帰ることだってある。本当に何一つ決まっていない。いつだって、僕らが共に過ごす時間はまちまちだった。

 そして何より、僕から吉川くんのところへ行くことはほとんどない。というよりも、元々僕には休み時間になったら誰かのところへ用事もなく喋りに行く、という行為をしたことがなかった。その逆もしかり。誰かが用事もなく僕の席へ来ることなんてなかった。休み時間はいつだって授業の準備や読書に費やす日々。他人に対し、変に気を使うこともなかったから、僕には性に合っていた。それが普通だった。だからどちらかと言うと、今が変な状態だ。

「あの、仲良しかどうかはひとまず置いておいて……。いつも一緒にいるっていうのは、気のせいじゃないかな……?」

 控えめに、僕は自分の意見を述べてみる。けれど木下くんはそんな僕の様子に小首を傾げた。

「そう? 僕、去年も吉川くんと同じクラスだったけど、吉川くんっていつも一人で行動していたんだよ。それなのに今は大体和泉くんの周りにいるし」
「な、なるほど」

 客観的、あるいは相対的に見ると僕は吉川くんといつも一緒にいるように見えるのかもしれない。ちょっとだけ僕は木下くんの発言内容を理解した。納得した訳ではないけれど。

「でもさ。いつも一緒にいるって、それってイコール仲良しってことなのかな?」
「だって、仲が悪いなら一緒にいるのって難しくない?」
「確かにそうだけど」

 木下くんに突っ込まれて一瞬僕は納得しかけた。けれどすぐにはっとなる。聞きたいのはそういうことではない。

「えっと、僕と吉川くんは別に仲が悪いとかはないと思うんだ。けど、あの、そうじゃなくて……」

 言い淀む僕に、木下くんは益々不思議そうな顔をした。僕としては別に吉川くんと仲が悪いとは思ってない。ただ、仲良しという言葉がしっくりこないだけ。そもそも、だ。

「あの、その……。こんなことを木下くんに聞くのって、本当に僕もどうかしていると思うんだけど」

 僕はあらかじめ木下くんへ断りをいれる。自分でもそれを聞くのはちょっとどうかと思うことを今から尋ねようとしていた。願わくは引かれませんように。

「なんていうかな。仲良しってどういう状態なのか僕にはよく分からないんだ。それに僕と吉川くんが仲良しっていうなら、僕は吉川くんと友達……なのかな?」

 僕の頭の中は今、盛大にこんがらがっていた。吉川くんとは本当にいつも一緒にいる訳ではないとは思っている。けれど出会ってから今まで、それなりの時間を共に過ごしてはいるのは確かだ。けして無関係ではない。それに僕は彼のことを嫌いと思ったことは一度もなかった。好きかと問われれば、突拍子もないところもあるし、僕の理解を越えたことをするけれど、多分好ましい人物だとは思っている。けれど僕は、未だに吉川くんとの関係を何と言うべきなのか分からずにいた。多分、"友達"と呼ぶには何かが足りない。そんな関係。


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